
フェアバンクス 真紀 (ニックネーム:Maki)
国と都市,指導言語:アメリカ コロラド州各地,英語
職種:体操(床演技振付師,ダンス専門コーチ)
海外指導歴:2010年〜現在
Website: Colorado Gymnastics Institute
—現在,どのようなスポーツ指導に関わっていますか?
コロラド州オーロラ市に所在するColorado Gymnastics Institute を拠点に,器械体操の中でも床演技,平均台演技のダンス部分を専門に指導しています.週に3回,4歳から18歳までの体操選手を対象に,体操のダンス要素(高難易度/基本のジャンプ・ターン)習得のために独自に考案したエクササイズ,バレエの基本などを教えています.
また,プライベート・レッスンでは,競技レベルに応じて,ビデオ分析,演技中のダンス要素,それぞれの選手の床・平均台演技に含まれるターン,ジャンプなどを教えています.
また,フリーランスとして,クラブ内外のオプショナル・レベルの選手に床演技の振付を行ったり,夏休み中は,コロラド各地のクラブで,サマー・キャンプのゲスト・コーチとして出張指導を行っています.
—海外でのスポーツ指導ならではの,一番楽しいことは何ですか?
クラブ内のコーチ間に上下関係がほとんどなく,ダンス分野に関しては全面的に任せてもらっているので,自分のアイデアを活かした独自の指導ができます.
また,コーチ間の横のつながりが強く,「褒めあう」「報告しあう」ということがごく日常的に行われており,段違い平行棒専門のコーチから,「あなたのプライベートを取り出してから,誰々の足がしっかり伸びるようになった」,床演技専門のコーチから「開脚ジャンプがものすごくよくなった」というように,絶えずフィードバックが入ってきます.このことにより,さらに自分のやる気が出ることはもちろん,自分の考案したエクササイズの効果を実感することができます.
このような開かれた環境を利用して,指導対象の百人以上にのぼる選手を使って,さらに新しいエクササイズを実験・検証することが可能になり,そこで考案された方法によりさらに効率的にダンス要素を教えることができる・・・という,まさに選手にとっても私にとっても「win-win」の指導プロセスを日常レベルで体感できることがおもしろいです.
—日本でのスポーツ競技歴や指導歴は?
小さな頃から,新体操,スケート,器械体操にあこがれていましたが,住んでいた環境から,機会にめぐまれませんでした.
両親が引っ越してから,やっと器械体操部のある公立高校を見つけ,実際に競技したのは3年にも足りませんでした.当時,部活の一環として,地域の子供を集めて,週に一回ボランティアで小学生を対象に体操指導をしていました.
渡米してからクラシック・バレエを始め,10年以上クラスを取り,市内のバレエ教室でビギナー・クラスを教えたりもしました.
—海外でのスポーツ指導はいつからですか? そのきっかけは?
アメリカ人と結婚し,15年以上翻訳業に携わっていましたが,まったく人と会わない環境や,常に締切に追われる生活に孤独とストレスを感じるようになり,一切コンピュータを使わなくても良い仕事を見つけよう,と考え始めたところに,「器械体操の知識のあるダンス指導者募集中」の広告を見つけました(それが2010年).
その広告を出していたのが,元デンバー大学器械体操部チームディレクターだったDan Garcia氏でした.彼の指導の下,当時無名だったAlpha Gymnasticsを,コンパルソリ・レベルでは州内トップ5のクラブに育て上げ,さらに2011年にはクラブ内の選手がレベル7全米大会で2位(床演技優勝)になったことから,州内でダンスコーチ・振付師としての知名度が上がり,また体操とバレエを両方知っているコーチが珍しいこともあって,現在はコロラド各地のクラブで指導させて頂いています.
—海外でスポーツ指導を始めたときの会話力は?
以前の職業柄,ほぼネイティブ並の英語力でした.専門用語については,選手やコーチが使うのを聞いて覚えていきました.
—スポーツ指導の会話力向上について,経験談を教えてもらえますか?
「見て」「聞いて」「使う」ということが,語学習得の基本だと思います.特に,自分で既に知識として身についていること,自分の興味あることは,覚えやすいですから,度胸さえあれば会話力は身に付きます.
また,実際の経験から正直なところを言うと,スポーツ指導において,アメリカ人の特に小さなお子さんは指導者の言うことなんてほとんど聞いていません(笑).それよりも見て学ぶことの方がほとんどです.
しっかりした知識があって,それを体現できれば,指導はできます.あとは恥かしがらずに子供に話しかけてあげてください.
—指導に関して日本と違うと感じることを,教えてもらえますか?
人から見てもらうのが大好きなアメリカ人の女の子の場合,本番で150パーセントくらいの力を出す選手がたくさんいます.そういう子たちを,人が見ていない練習でも,本番と同じ緊張感を持たせて練習させるのは至難の業です.
緊張感を持たせるために,お互いの間で競争させたり,上手にできた子はご褒美として皆の前でデモンストレーションさせたり・・・創意工夫しながらやる気を引き出さなくてはなりません.
また,褒める場合は大袈裟なくらいに褒めることが求められる文化なので,それが嘘にならないよう,まさに「良いところ,上達したところを意識的に見つける」つもりで指導しています.
—これから,どのようなスポーツ指導者になっていきたいですか?
現在の器械体操の床演技はタンブリング偏重になっており,床演技全体のバランスが取れていない印象を受けます.技の難度が高くなるに従い,ダンス要素の質が軽視されるのは仕方のないことですが,せめて私の出会う選手には,C, D, E難度のジャンプ・ターン,またそれにつながるような正しい基本技術を伝えていきたいです.
また振付師としては,80年代後半から90年代前半のような,見て美しく,ダンス部分だけでも魅せられるような,そして選手の個性を最大限に引き立たせるような床演技を作っていきたいと思います.
— そちらの国での日本人スポーツ指導者の需要はあると思いますか?
「日本人であること」そのものが指導者の要素としてプラスになることはないと思いますが,アメリカという国では,「人と違う」「人と違うことができる」ということの価値が非常に重要視されます.「日本人である」ということを「違い」という視点から最大限に利用すれば,需要は生まれてくると思います.
「丁寧な指導」「日本でしか得られない知識」「勤勉さ」「時間厳守」など,私たちにとってはあたりまえのことが,ここではアドバンテージになります.また,体操以外の,体操に役立つ技能を持っていることにより,他にはない人材として重宝される場合があります.
—最後に,海外でのスポーツ指導に興味がある人達へのメッセージを.
器械体操王国アメリカでは,日本に比べ器械体操人口が圧倒的に多く,小さい頃に器械体操をやっていた・・・という人が少なくありません.クラブの数もかなり多く,コロラド州内では,レクリエーションのみのプログラムも合わせると,50くらいのクラブが州内各地に点在しています.そういう点から,器械体操への敷居が低く,どんな子でも始めやすい,トライしやすい,続けやすい・・・という環境が整備されています.
ですから,レクリエーション・コーチになるのは難しくありません.ただし,時給はアルバイト並である上に,夕方・週末の数時間しか就業時間がないため,他に生計を立てていく手段が必要です.コンペティティブなコーチになったとしても,プライベート・レッスンなしで生計を立てていくのはやはり無理です.
この環境の中で本当に求められるコーチ,器械体操だけで生計を立てられるコーチになるためには,「コーチとしての実績」を積んでいくこと,そして他のコーチには持っていない何かをアピールすることが非常に重要です.いかに自分の個性を活かせるか・・・いかに人脈を作っていくか・・・いかに魅力的・かつ効果的なレッスンを提供できるか・・・そういったことが重要視されます.
そういう意味では,指導力,人間性,創造性を常に磨き続けなければ生き残れない,厳しくもあり,またやりがいもある,おもしろい仕事だと思います.
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